お知らせ

大分国東で無農薬、無肥料、種からこだわる農法を学んでいます(2026年6月いっぱい)。
なんで、ほとんど誰とも交流しない日々が続いています。
心地よいです。

現在、JBeeFarmの活動はハチミツの販売のみとなっております。
ちなみに、ハチミツの製造はミツバチがやっております。
ワイは物件のメンテナンスだけ。

現在、JBeeFarmのLINEは繋がらない状態となっております。
今の所、復旧の目処は立っておりません。


養蜂家が今やる事

巣箱周辺の草刈り
梅雨あけまでに日除け
台風対策(今年は早め)

雑談

体の不調で悩んでいる人に水と塩には気を使っているのかと尋ねてみると、あまり気を使っていないことが多い。
人間の体の70%は水分で、血液は海の濃度と同じと聞いたことがある(間違ってるかも)。
それならば、水と塩に気を使っても良いと思うのだが。
医者は薬を処方するけれど、そんなことはアドバイスしてくれない。
植物もミツバチも命が終わってしまえば、水分が飛んでカラカラになって、非常に小さくなる。
生命体とはごくわずかの物質をベースに水分を含んだ泡で膨らませているだけの存在に思えて、、、。
そんな状態を見るたびに自分の存在を重ねてしまって、自分の体もある意味借り物なのだと思えてならない。
自分の命が終わったら、自分の意識はどこに行ってしまうのだろう。
魂だけになって、その意識だけがどこかに行ってしまうのか。
生まれ変わるなら、過去か未来か?
はたまた、別の次元に行ってしまうのか。
別の次元に行ったあと、そこでの活動が終わったら、また現世に戻ってくるのか?
物質社会での生活は終われど、それは単に意識体としての始まりであり、物質社会は意識体での活動が始まる前の準備期間ではなかろうか?
自分の意識にとっての本番は死んだ後がスタートなのかも?
それであれば、物質社会でどう生きるか、何を目的にするかが大きく変わってくるし、死についても怖いというだけのものではなくなってくる。
私は過去の大きな恥も失敗も本番に臨むための準備段階だから、それは全く無駄にはなっていないと考えている。
そして、物質社会で抱える個々の経済的、身体的ハンデも全ては意識体での本番を迎えるための準備に必要なものだから、それほど深刻考えることなく、とにかく寿命を迎えるまで頑張ることが重要ではなかろうかと思えてならないのだ。
人は物質的なもの、目に見えるものに価値を置きすぎてるから辛くなるんだよ。
お釈迦さんは大昔にそんなことを言っているのではないだろうか。
お釈迦さんに会ったこともないから知らんけど。